- ちょっとマニアックに焙煎機について
コーヒーの生豆には味も香りもない。コーヒーは焙煎という工程を経てはじめてあの味と香りを
獲得する。コーヒーの優劣は生豆の品質と焙煎によって決まると言って過言ではない。
我々 焙煎職人(コーヒーマイスター)の間では生豆・焙煎で8割 淹れ方2割で味が決まる
と言われている。すなわち どんなに上手にコーヒーを淹れられる方がコーヒーを点てても
元になる生豆の品質と焙煎が優れていなければ それなりの味と香りにしかならないという
ことである。ここでは コーヒーの味と香りを決める重要なファクターである焙煎機について
説明していこうと思う。
焙煎とは何か。簡単にいってしまえば文字通り「火で焙って 豆を煎る」こと。
熱を加えることによって人為的に化学変化を起こさせることだ。したがって原理的には 焼き網
であろうとフライパンであろうと焙煎は可能で 生豆さえあれば家庭でもできる。
とはいえ 豆の焼き加減は非常に微妙なもの。コーヒーは焙煎が浅いと酸味が強く 深くなるに
したがって苦味が強くなるため 焙煎職人にはこれを利用して豆の種類や用途に応じた風味を
創りだしていく。豆を煎るだけなら特別な機械器具は必要ないが こうした微調整は実際には
家庭用の調理器具では困難だろう。
焙煎の深さは一般にグレードと呼ばれ三段階 より細かくは八段階(別表参照)に便宜的に
区分される。焙煎職人はこれを目安に焼き加減を調整するわけだが ひとつのグレードとその
前後のグレードとの差は20〜30秒ほど また その際には豆の種類や生豆に含まれる
水分量によっても微調整が必要になる。知識と経験 それにカンがたよりの難しい作業だ。
しかし コーヒーの良し悪しは焙煎の浅い深いだけで決まるというものではない。というのいは
コーヒーの風味の素となる物質ははじめから生豆の中に存在するわけだはなく そのほとんどが
加熱によって生成されるものだからだ。生成された物質は他の物質の個性を際立たせたり
あるいはまた別の物質の個性を打ち消したりといったように互いに作用しあいながら コーヒー
の あの複雑で微妙な香味を形づくっている。上質のコーヒーを焼くためには上質の生豆を
用意するだけでなく 浅い深いという「量的焙煎」に加えて 焼き方そのもの「質的焙煎」が
重要なのだ。端的に言えば 理想的な焙煎とはコーヒーの風味にとって都合のよい物質を
できるだけ多く生成させ都合の悪い物質を生成させない焙煎と言える。焙煎職人は火加減
や空気の流量、火加減を調節することによって いわば豆の内部で風味成分を「ブレンド」
しているわけだ。焙煎機とは この成分をより効率的に 効果的にできるよう工夫された機械
に他ならない。
今日 コーヒーの焙煎専用に設計・製造されている焙煎機は大きく分けて「直火式」
「熱風式」「ハイブリット式」の三方式。外観は多少異なるにせよ 基本的な構造は三方式
とも同じで ドラムと冷却槽、バーナーからなっている。ドラムに豆を入れ モーターで回転させ
て攪拌しながらバーナーで過熱 焙煎の進行を止めるため焼き上がった豆を冷却槽で冷却。
「直火式」はドラム内部の豆をバーナーで直接過熱タイプの焙煎機で 「熱風式」はバーナー
をドラムから離れた場所に設置し そのバーナーで作った熱風をドラム内に送り込んで豆を焼く
タイプ。「ハイブリット式」は「直火」と「熱風」の両方で豆を煎るタイプの焙煎機である。
この他にも「遠赤外線焙煎機」と呼ばれる焙煎機などもあるが そのほとんどは構造上
「直火式」に分類していいだろう。
ところで ドラム内で加熱した生豆はかなりの煙を発生させるため 排気を効率的におこなわ
ないとコーヒー自身にスモーキーフレーバーが付いてしまう。スモーキーフレーバー自体は好み
の問題であり 必ずしもマイナス要因とはいえないが 一般的にはコーヒーの風味を低下させる
もの。そこで三方式ともほとんどの機種に排気ファンが装備されており 強制的に排煙をおこな
うようになっている。もっとも作り手が空気流入量の調節を誤ればスモーキーフレーバーが必要
以上に付いてしまうが。
では これら三方式の相違点と特性について詳しく見ていこう。
なお「直火」と「熱風」両方を用いるタイプは一般的には「半熱風式」と呼ばれる。だが「半熱風
式」という呼称は この方式のメカニズム正確に表現しておらず 誤解を招きかねないため
ここではあえて「ハイブリット式」と呼ぶことにする。
直火式
直火式はドラムの下部にバーナーを装着した もっとも一般的な焙煎機だ。ドラムは普通
メッシュ状で バーナーの炎を直接豆に当てて焙煎をおこなう。「焼き網」を大型化・機械化
したものと考えればいいだろう。
この方式の焙煎機はコーヒー専用のものとしては最初に誕生したタイプで 基本的な構造は
100年以上変わっていない。構造が比較的単純で他の二方式と比べて安価なため 中小
自家焙煎店の多くが導入する。現在でも主流といえるだろう。
豆は表面から内部まで均一に火を通すことが望ましいが 直火式には表面の焼けが進んで
しまうという傾向があり 表面付近と内部とで焼け具合に差が生じる。また 豆一粒一粒の
焼け具合にも差が出やすく 水分量の多いニュークロップ(新豆)を焙煎した際など 一粒
一粒の焼け具合にかなりの差が生じてしまうことがある。
これらは直火式の構造自体がもたらす特性であり 人間がコーヒーを焙煎し始めた当初の
方法を継承する直火式ではどうしても解決することのできない問題である。
もちろん それが直火式で焙煎したコーヒーの特徴であり 焼けムラが独特の風味を生み出して
いるのも事実だ。それを好む人も少なくない。(私もその一人である。笑)
確かに直火式で焼いた豆には独特の味わいがあるが 純粋に「コーヒーを焙煎するための機械」
としての能力を比較するなら「直火式には直火式の良さがある」ぐらいが妥当なとこだろう。
それでも 私は焼けムラが独特の味わいを醸し出す「直火式」を使用しているが。
ただ 当店の直火式焙煎機はドラムとバーナーの間にメッシュ状の半円盤形のスチール板を設置
しバーナーの火力が直接ドラムにあたらないようにし スチール板の熱と自然発生する熱風とで
豆を焙煎する 直火式の欠点を補う改良タイプである。
熱風式
この方式の焙煎機は直火式と異なり バーナーをドラムから離れた場所に配置し そこで熱した
空気をファンでドラムに送り込んで豆を焼く。豆を直接加熱しないため 通常ドラムは無孔の
スチール製だ。「オーブンレンジ」をイメージするとわかりやすいと思う。構造が複雑で非常に高価
だが熱風式の焙煎機には豆がムラがなく焼き上がるという特性がある。大型化が可能で焙煎に
要する時間も直火式と比べてはるかに短い。大手メーカーの多くがこの方式の焙煎機を導入
しているのは このへんの事情による。一度に大量の豆をまたそれを繰り返して焼かなければ
ならないからだ。均一な焼き上りと大型化 短時間焙煎。この三つが熱風式焙煎機の大きな
特徴といえる。熱風式の登場によって産業としての焙煎が確立した。
このように熱風式は機械としての性能では直火式よりもあきらかに優れている。ただし それでは
「熱風式で焼いたコーヒーは直火式で焼いたものより旨いか」というと そういい切ることもできない
のだが。その理由のひとつに 熱風式焙煎機の多くが採っている 熱風の再循環システムがある。
熱風式焙煎機の多くが再循環方式を採っているのは おもにランニングコストを抑えるため。
豆を焼いたあとの空気はまだ熱く もう一度燃焼室に送り込めば 常温から暖めるよりガス代の
節約になるからだ。生産コストが必ず価格に添加されるものであることを考えれば これは
消費者にとっても無関係な問題ではない。まして焙煎業者にとっては ランニングコストをどう
抑えるかは死活問題なのだ。
しかしすでに 述べたように 焙煎とは「生豆に熱を加えて科学変化を起こさせること。」コーヒー
の風味にとって都合のよい物質をできるだけ多く生成させ 都合の悪い物質を生成させない
ためには 豆を不純物のないきれいな空気の中で焙煎しないと風味が落ちてしまうのだ。
窒素酸化物のような不純物は コーヒーの風味に致命的なダメージを与える場合もある。
豆はムラなく焼きさえすればいいというものでもないのだ。
また 時間をかけずに焙煎したコーヒーは 香りばかりで味が悪い場合が多い。
逆に時間をかけると味は良くなるが 香りは落ちる。したがって豆は「右肩下がりを描く
香りの線」と「右肩上りの味の線」が交わる時間で焼き上がるのが理想ということになるが
熱風式は一般に早く焼けすぎてしまう傾向がある。たしかに焙煎に要する時間が短くてすむ
ということは 生産性という点だは大きなメリットではあるのだが・・・。
ハイブリット式

この方法は直火と熱風 両方を利用して豆を焼く。ドラムの下に配置したバーナーでドラム
自体を加熱するのと同時に熱風を作りドラム内へ送り込む。ドラムは熱風式と同じ無孔の
スチール製だ。ハイブリット式の特徴は 一言で言って直火式と熱風式の長所を併せ持つこと。
高価なことを除けば 欠点の少ない非常に合理的な方式といえる。コンパクトな卓上型から
工場用の大型マシンまで設計が可能なこともこの方式の特徴だ。この方式の焙煎機では
一粒一粒にもロット全体にも思い通りの「量的焙煎」が可能になるわけだ。
ただし ハイブリット式といえどもバーナーがクリーンな燃焼をしなければ 理想的な「質的焙煎」
は不可能だ。他の二方式についても同様だが そういう意味では優れた焙煎機であるか否か
良質のコーヒーが焼けるか否かは そこに装着されたバーナー次第ともいえるだろう。
焙煎職人の腕次第
シアトルコーヒーブームの影響もあって コーヒー業界は今 消費者ニーズの対応を迫られている。
消費者の指向は これまでの「銘柄重視」から「飲んだときのおいしさ重視」へと様変わりしはじ
めており こうした傾向がおのずと焙煎 焙煎機の重要度を高めている。
一杯のコーヒーを簡単な料理と考えれば 焙煎という工程は素材の一次加工に相当する。
生豆が素材 抽出が調理に相当するわけだ。そう考えると いかに焙煎という工程が一杯の
コーヒーに決定的な影響を及ぼすものであるかよくわかる。素材ももちろんだが 調理そものが
単純であるだけに 一次加工の良し悪しは料理のできを左右する。
焼けムラが独特の味わいを醸し出す「直火式」大量・短時間焙煎の「熱風式」オールラウンド
タイプの「ハイブリット式」。これら三方式のうちどれが優れていて どれが劣っているかは一概には
いえない。用途 そして焙煎職人がどのようなコーヒーを理想と考えるかによって 選択は様々だ。
近年では 焙煎機も大型のものから順次コンピュータ化が進み コントロールパネルのスイッチを
操作するだけで望みのグレードへの焙煎が可能になった。焙煎職人が難しい顔をしてサンプル
スプーンを覗き込んでいる図はもはや過去のものになったかに思える。
しかしながら いうまでもなく気温や湿度 また生豆に含まれる水分量は一定ではない。
このあたりのさじ加減は 現実には最先端の技術を持ってしても難しく 今でも釜出しの際の
最終的な判断は焙煎職人のカンに頼る部分が少なくない。コンピュータ制御の最新鋭の焙煎機
であっても そして三方式いずれのタイプの焙煎機であっても やはり上質のコーヒーが焼けるか否か
は 焙煎職人の技量にかかっているのだ。
店主独り言
現在 シアトルコーヒーを代表するスターバックスの進出により いろいろなバリエーションでコーヒーを
楽しむことがブームになっているが 私はコーヒーが嗜好品である限りコーヒーの楽しみ方はそれぞれの
国々の気候風土・食文化を反映しており たとえばイタリア料理の後にエスプレッソを飲むのはごく自然
な欲求であり必然であると考える。では 日本はどうかというと様々な料理を気軽に楽しめる環境に
あるが 毎日 フランス料理・イタリア料理などを食しているわけではない。どんなに食文化の多様化が
進んでも我々 日本人は和食が主であることは変わらないのではないだろうか?
当店は日本の気候・風土 食文化にあったコーヒーがあっても良いのではないかと考える。
バリエーションでコーヒーを楽しむことは否定しないが シンプルな素材であるだけに抽出したコーヒーを
ブラックで飲んでも美味しいかどうかであると考える。
たとえ 深いグレードの焙煎であっても飲み口がやわらかくまろやかでありながら コーヒーの風味・香味
をきちんと感じるコーヒーの提供を理想としてる。
あくまで コーヒーは嗜好品なのでただ単に濃いコーヒーになれている方は 当店のコーヒーを良しと
されない方もいるだろう。
それで 良いと思う。出す方も飲む方もお互いの思いを感じながら楽しむのがコーヒーという嗜好品
なのだから・・・。
